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女子アナが好きで悪いか!!

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藤村美樹@プライム10をキャプ!!!!!

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藤村美樹の画像を3枚。
画像上下は、アップの美樹。
画像中は、バストショットの美樹。

歌ってる表情が明るくてカワイイですね。
目の下の、何ていうんだろう、ぷっくりした所が
なんかイイなと。

なんとなく「これが伊藤蘭なんだろう」と思っていたが
最近違うということに気づきましたw

藤村美樹(ふじむら みき、1956年(昭和31年)1月15日 - )は、日本の歌手。東京都世田谷区生まれ。血液型O型。

略歴
1973年に伊藤蘭、田中好子と共にキャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(ニックネームはミキちゃん)。

1978年キャンディーズ解散後、芸能界を引退するが、後に復帰。期間限定でソロ活動をするが、結婚を機に芸能活動を休止している。

エピソード
・キャンディーズ時代にメンバー内で最も早く作詞作品をレコード収録されるなど、関係者の間では音楽センスを高く評価されていた。ファンの間でも歌のうまさは一番と言われており、アルバムでのメインボーカル曲の多さはその証明とも言われている。
・ソロデビューの際はキャンディーズ時代のショートカットから一転、美しいロングヘアーで登場し、当時を知るものをアッと言わせるイメージチェンジをしていた。
・胸が小さい事を「エグレ」と揶揄されていた。しかし逆手にとってそれを売りにしており、ラジオ(ラジオたんぱ)で結成された『日本エグレの会』の会長となる(副会長は大橋照子)
by Wikipedia
by natume666 | 2006-12-19 11:45 | キャプ

キャンディーズ@プライム10をキャプ!!!!!

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キャンディーズの画像を3枚アップ。
画像上は、斜め45度からのキャンディーズ。
画像中は、背後からのキャンディーズ。
画像下は、解散コンサートでのキャンディーズ。

こないだやってたキャンディーズ特集からキャプ。
思ったのは、とにかくどの曲もキャッチーで凄く良い。
バンドの音もエッジが効いてて格好良いってこと。

それにしても当時の方がエロくないですか?
いまのアイドルより。写真上と中はないなと。
背後から撮るなんてあるんですかね、今も。
またスカートが短くて、また健康的な太股も
まぶしいです・・・

写真下は上記の通り、解散コンサートでのショットですが、
長いギターソロの間、ああして立ち尽くしてる時に
彼女らは何を思ったのでしょうか。

とにかく超格好良かったです。
しかも胸に迫るものがあって泣いてしまいそうでした・・・

キャンディーズ(Candies)は、1970年代の日本のアイドル歌手グループである。ラン(伊藤蘭、1955年1月13日 - )、スー(田中好子、1956年4月8日 - )、ミキ(藤村美樹、1956年1月15日 - )の3人組。渡辺プロダクション所属。多くの楽曲は、当時渡辺音楽出版社員であった松崎澄夫(元アウト・キャスト)のプロデュースによるものである。

略歴
3人とも東京音楽学院のスクールメイツ出身。1972年NHKの新番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールに3人揃って抜擢され、番組プロデューサーから「キャンディーズ」と名付けられた。翌年1973年歌手デビュー。

デビュー前から人気バラエティ番組「8時だョ!全員集合」にレギュラー出演するも、しばらくはヒット曲に恵まれなかった。当時の人気アイドルは妹的イメージで売り出すことが多く、キャンディーズも初めはハイトーンボーカルのスーをセンターでメインボーカルに起用し、この路線で売っていたが期待したほど売れず、5枚目のシングル「年下の男の子」(1975年発売)で方針を転換。「お姉さん」的キャラクターのランをセンターでメインボーカルに据えて前面に出し、これが当たって初ヒットとなった。以降のシングルでは、「わな」がミキのセンターである以外はすべてランがセンターを務めた。ランをセンターに据えたのは当時のマネージャーである諸岡義明の提案によるものである。

その後も、個性の違う3人という組み合わせや、「8時だョ!全員集合」や、「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」などのバラエティ番組でコントまでこなす積極的なテレビ出演と、愛らしい振り付けを交えた数々のヒット曲により幅広い人気を獲得した。

遅れてデビューしたピンク・レディーとはライバルともいえる関係になったが、デビュー直後から社会現象的に爆発的な人気を獲得したピンクレディーに対し、レコード売り上げ等は劣勢だった。

1976年に入った頃には全員楽譜が読め、コーラスなどにも積極的に取り組むなど音楽レベルも向上。さらにはメンバーの作詞作曲による作品も多く、当時のアイドルシーンには珍しく音楽に対して前向きに取り組んでいた。後期のアルバム『早春譜』に至っては、作曲こそプロ作家との合作であったものの、全曲メンバーオリジナル(伊藤蘭名義7曲、藤村美樹名義7曲、田中好子名義6曲)による作品であった。

人気絶頂時の1977年に突如解散を発表。同年7月17日、日比谷野外音楽堂のコンサートでの発言「普通の女の子に戻りたい」は非常に有名で、流行語になっている。3人は1977年9月末で解散する意思を固めていたが、事前に所属事務所に相談せず独断で発表したこともあり、事務所の説得と話し合いの末、解散は半年間先送りされることになった。

この解散発表によってキャンディーズの人気は沸騰し、ラストシングルの「微笑がえし」では初めてオリコン1位を獲得した。一世を風靡したアイドルグループといえど解散時には人気が下降しているのが相場であり、後のピンク・レディーや、おニャン子クラブ、SPEEDなどにしても、ラストシングルは解散祝儀を併せてもオリコン1位は新鋭に譲らざるを得なかった事を考慮すれば、恐らく空前絶後であろう。人気が落ちて解散ではなく、キャンディーズは解散によって人気を盛り上げたと言える。

1978年4月4日、後楽園球場に5万5千人を集めての解散コンサートが行われ、4年半の活動に終止符を打った。この模様は全国にテレビで中継され、高視聴率を獲得している。最後に述べた「私たちは幸せでした」の口上も有名。その後は一度も再結成をしていない(この点では事務所の先輩であったザ・ピーナッツも同じである)。
by Wikipedia
by natume666 | 2006-12-18 17:04 | キャプ


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